鉄道・バスに関係のない車両・艦艇・航空機等

 テツバは交通機関総合研究をするようなもんですから、鉄道・バスに全く関係のない乗り物でも載せます。

国鉄連絡船関連

羊蹄丸 羊蹄丸 撮影年次不詳 船の科学館

 羊蹄丸は皇紀2625年(昭和40年)に竣工し、皇紀2648年(昭和63年)まで青函航路で使用された鉄道連絡船。現在は、船の科学館で繋留保存されている。ハイスクール氏が撮影。なお、船内にDE10と旧客のスハフ44が保存されている。

独立行政法人水産大学校関係船舶

水産大学校耕洋丸 練習船耕洋丸 皇紀2666年5月5日 下関港

 我が独立行政法人水産大学校練習船のうち、簡単に言えばでかい方。部長や扶桑座は第141次航海時に乗船した。昭和52年製造で、老朽船の域に入っており、近々取り替える。
水産大学校天鷹丸 練習船天鷹丸 皇紀2666年5月5日 下関港

 我が独立行政法人水産大学校練習船のうち、簡単に言えばちっこい方。はっきりいって、船内での規則は耕洋丸より厳しい!!昭和60年造船。

陸上自衛隊装備品

陸上自衛隊七四式戦車 陸上自衛隊74式戦車 皇紀2666年10月8日 陸上自衛隊山口駐屯地

 天壌無窮の皇運を未来永劫にわたり扶翼し奉るべく、神聖なる皇国本土侵攻を企てる敵国の野望を打ち砕く我が忠勇なる陸上自衛隊戦車隊の主力(←言い方をちょっとかつすごくしてみたかっただけだよ!!)。皇紀2665年10月に行われた山口駐屯地祭展示車両の目玉。
陸上自衛隊155mm榴弾砲 陸上自衛隊155mm榴弾砲(FH70) 皇紀2665年10月8日 陸上自衛隊山口駐屯地

 陸上自衛隊が使用する155mm榴弾砲は西欧3カ国が開発したFH70。基本的に牽引されて輸送するが、自走も可能であり、戦場において早急に展開・転進する場合にそれまでの榴弾砲と比べ優れている。この後、ティンマニがアホなポーズをとって周囲の人々から冷めた視線を…

航空自衛隊装備品

F-104J型戦闘機 皇紀2666年4月 航空自衛隊那覇基地

 F-104は米ロッキード社製のジェット戦闘機で、皇紀2614年(昭和29年)に初飛行した冷戦期西側諸国を代表する戦闘機である。愛称はスターファイター。当時においては先進的な機体で「最後の有人機」とまで言わしめた。
 航空自衛隊には我が国の仕様にあわせたJ型とJ型の複座練習機型のDJ型が導入された。皇紀2620年(昭和35年)頃から最終機が退役する皇紀2646年(昭和61年)頃まで、まさに冷戦の真只中において本土防衛の任にあたったのである。
 我が国において用途廃止後は一部の機体が中華民国空軍(台湾空軍)に譲渡されている。なお、一部が無人標的機UF-109に改造され、皇紀2657年(平成9年)に標的として撃墜され、我が国におけるF-104の歴史に終止符が打たれた。

 なお、昭和期を代表する軍用機であったため、F-86とともに怪獣映画などでヤラレメカ扱いされることも多かった。

 画像は最後までF-104の部隊が存在した那覇基地で保存展示される機体。688号機(76−8688)とあるが、展示の際に683号機(76−8683)の胴体を流用してたといわれている。

大日本帝國陸海軍関連

大日本帝國陸軍九七式中戦車 大日本帝國陸軍九七式中戦車(チハ) 皇紀2665年1月2日 靖国神社遊就館

 九七式中戦車は支那事変(本格投入開始はノモンハン事件)、大東亜戦争で使用された大日本帝國陸軍の代表的戦車。大東亜戦争後半期では米英軍の戦車に辛酸を舐めさせられた。
 本車は、皇紀2604年(昭和19年)サイパンに上陸せし圧倒的優勢なる敵兵力を漸減すべく果敢に肉薄の攻撃を加え、壮烈に玉砕散華した第九戦車聯隊のもの。昭和50年に同島より発掘され、靖国神社に奉納、劣勢なる兵力の中でも怯まずに闘った我が勇壮なる戦車隊の勇姿を今に伝える。(←ってな言い方をしてみたかった…)
大日本帝國海軍A6M5零式艦上戦闘機52型 大日本帝國海軍零式艦上戦闘機52型 皇紀2665年1月2日 靖国神社遊就館

 零式艦上戦闘機は大東亜戦争中の大日本帝國海軍を代表する戦闘機。幾重にも渡って改良が加えられた零式艦上戦闘機の中で52型のグループは武装や防御力、高速性能を向上させた形式。
 本機はヤップ島に遺棄されていた数機の零式艦上戦闘機から復元されたもので、以前は河口湖自動車博物館に展示されていた。遊就館のリニューアルにあわせて靖国神社に奉納された。
大日本帝國陸軍四拾壱式山砲 大日本帝國陸軍四一式山砲 皇紀2665年1月2日 靖国神社遊就館

 山砲は分解が容易で馬などでも運ぶことが可能な軽火砲で、四一式山砲は明治41年に制式化された。旧式火砲であり、射程も6100m程度と短いものであったが、使い勝手の良さ(歩兵部隊の携帯火砲であったので長射程よりも機動性が優先された)により大東亜戦争時でも第一線で使用された大日本帝國陸軍傑作山砲である。
 本砲は、まさに地獄のようなニューギニア戦線で壊滅的損害を蒙りつつも玉砕は免れた宇都宮の野砲第14聯隊で使用されたもの。

民間航空機

ダグラスMD90(JAL機) MD90(JAL) 皇紀2666年3月8日 宮崎空港

 MD90はダグラス社が皇紀2640年代(西暦1980年代)に開発したMD80シリーズのMD88をベースに新型エンジンを搭載した機体。
 画像はJALのMD90でJALが保有するMD80シリーズのMD81やMD87などとともに主に地方線で使用されている。
エアバスA300 600R(JAL機) エアバスA300 600R(JAL) 皇紀2666年3月8日 宮崎空港

 エアバスA300はエアバス社が開発した300人乗りの中型旅客機。皇紀2932年(昭和47年)に初飛行。
 画像は、JAL所有の600R型。600型(正しくはA300B4-600)はそれまでのB4型に比べ、エンジン変更や新素材の採用などにより、機体重量・座席数・航続距離の増加に成功したもので、600R型は600型以上に航続距離を増加させた。主翼端にウィングチップという板がついている。

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