475系交直両用急行形電車

 475系は昭和40年に山岳区間対応の抑速ブレーキを装備して登場した直流・交流20000V 60Hz区間用の交直両用急行形電車である。471系から始まった交流60Hz対応の交直両用急行形電車は、473系で主電動機をMT46からMT54に変更、475系で抑速ブレーキ搭載という流れになっている。

475系(JR九州所属車)



 JR九州に在籍する交直流急行形電車は475系457系である。475系は直流、交流60Hzに対応し、北陸と九州で見られる交直流急行形電車。455系と475系の集大成ともいえるのが457系である。九州の急行形電車は東北や北陸よりも電車急行より撤退するのが早く、長年に渡り九州内のみでのローカル運用についているため、現在では完全に直流避雷器等が撤去され、交直切替レバーも固定されているため事実上交流電車である。
 九州の475系は全車が鹿児島総合車両所に在籍する。JR発足当初は475系が約100両、457系が3両編成×11編成存在したが、九州新幹線開業前後から大量に廃車が進行し、末期では両グループあわせて稼動車はわずか33両と四分の一にまで勢力は減少した。
 九州では東北の455系と異なり、冬季にそれ程冷え込まず、むしろ夏季にデッキ内の高温化が懸念された為に、デッキ扉を全て撤去しており、ベンチレーター(通風器)も腐食の恐れがあるとして、一部のクモハに残された箱状のものを除き、全て撤去している(キハ40系統や415系でも同様)。客室内も仙台や北陸と同様に車端部をロングシート化し、クモハとモハの便所・洗面所を閉鎖しているが、一部の編成では、クモハとモハのトイレ・便所を完全に撤去し、
 末期は、鹿児島本線川内〜鹿児島、日豊本線大分〜鹿児島、日南線(宮崎空港線)南宮崎〜宮崎空港で活躍していた。特に、日豊本線佐伯〜延岡の普通列車に使用される車両は全て急行形電車であった。しかし、皇紀2667年3月18日改正にて全編成が運用を離脱した








475系Gk-5 皇紀2666年4月9日 大分

 JR九州の急行形電車は総じて九州色を身に纏うが、唯一、ミレニアム企画の際にかつての交直流急行色に塗り替えられたGk-5編成は人気が高いようで、同日は他にも多数の撮影者が大分に来ていた。前照灯シールドビーム化・ベンチレーター撤去・車内デッキ扉撤去・近郊型化改造などがなされているが、それ以上に急行色であるということが人気の一番の理由であろう。シートは国鉄時代と同様の青系モケットである(下の画像、撮影は皇紀2667年1月20日 臼杵付近)。全国の急行形電車で唯一の存在である。ボックスシートの客室拡大工事は未施工。
 なお、国鉄交直流急行色車は、JR九州ではGk-5編成、他にJR西日本の475系A-16・A-19編成、JR東日本の455系S-1編成(訓練車であるため帯が入る)があるが、JR東日本のS-1編成に関しては皇紀2667年オープンの鉄道博物館にクモハ455 1が展示されるため、皇紀2666年11月限りで廃車された。

 下の3つの画像は、それぞれ
・デッキ扉を撤去し、近郊形改造された車内(ボックスシートにある取っ手がオリジナル)
・閉鎖されたクモハの洗面所跡(くずもの入れ)化
・クハの洗面所
で、いずれも皇紀2667年1月20日に乗車した際に撮影した。



九州の急行形電車は皇紀2667年(平成19年)3月18日改正で全編成が運用を離脱している。ただし、本編成は同年8月に花火大会輸送等で復活した模様だが、その後廃車回送されてしまった。
475系Gk-20編成 皇紀2666年1月7日 大分

 Gk-20編成は、現役のJR九州475系ではGk-5編成の次に古豪となった編成(なお、かつてはGk-20の前にGk-1〜3・Gk-6・Gk-9〜Gk-12・Gk-14があったが全て廃車)。客室拡大工事が実施され、モハユニットの便所・洗面台があった付近はデッキごと撤去、ロングシートが設置されている。クハは、九州では現在最若番であるクハ455 8。シートの色は紫系統のチェック模様である。九州の急行形電車は皇紀2667年(平成19年)3月18日改正で全編成が運用を離脱している。現在は廃車。



475系 Gk-29 皇紀2666年3月8日 宮崎空港

 同じ九州の急行形とて、Jk-9等と比べてみると車外ではシールドビーム化・運転席上ベンチレーター残置、車内ではシートの色・車内スピーカーの形状・網棚の形状等に違いがある。急行形のボックスシート部分には未だに栓抜き付の台形テーブルが残っており、扶桑座は瓶入りコーラを買ってきて、それであけて飲んだこともある。
 画像は475系Gk-29編成。3両ともオリジナル車で、九州475系の標準的な編成である。なお、客室拡大はなされておらず、デッキ扉撤去やモハユニットの洗面所・トイレ閉鎖、車端部のロングシート化にとどまる。モケットの色は茶系統のチェック柄。九州の急行形電車は皇紀2667年(平成19年)3月18日改正で全編成が運用を離脱している。本編成は鹿児島総合車両所に留置中だが、同年8月に花火大会輸送等で一時復活したが、その後廃車された。



475系(JR西日本所属車)

 JR西日本(西日本旅客鉄道)に所属する交直両用急行形電車は471系・475系と457系である。いずれも全車80両が金沢車両センターに所属している。北陸本線では国鉄時代末期にこれらの急行形電車や583系改造の419系がローカル用に転用されて以来、一般用電車は20年以上ほぼ同じ陣容のままである。これは北陸新幹線開業により並行在来線の第三セクター鉄道転換をにらんで積極的投資が出来ない等の事情があるといわれる。
 同所の471・475・457系は、皇紀2666年に登場したリバイバル急行色の475系A16編成及びA19編成を除き、北陸色を纏っている。前照燈はシールドビーム化された車両は少なく、多くが原型の大型白熱燈で残っているというある意味希有な存在。仙台や九州のように他形式からの改造車は少ない。国鉄時代にトンネル内でのツララ被害をふせぐべく前面の種別表示機を鉄板で覆う改造がなされ、全車に波及している。
 運用は皇紀2666年まで北陸本線米原〜直江津、湖西線近江今津〜近江塩津と富山港線を有していたが、北陸本線敦賀電化・富山港線の富山ライトレール化によって、現在は北陸本線敦賀〜直江津に限定されているが、それでも広域な運用を持っている。現在車齢40年を超えており、老朽化も進んでいるが、中々後継車両への置き換えが進まない。2666年に投入された521系では専ら419系の置き換えにあてられている。しかし、北陸新幹線開業時に平行在来線の転換によって現在の運用区間の大半が失われ、経年劣化も避けられず、419系置換え後は本系列の置換えが活発化した。471系やサハ組み込み編成は完全引退より一足早く引退している。しかし、北陸新幹線開業前日の皇紀2675年3月13日まで運用が継続され、北陸本線金沢以東と同じ日に運命を終えたのであった。

475系北陸色(編成名不明) 皇紀2667年12月3日 金沢

 北陸本線の主力一般型車両として活躍する475系。本当に奇蹟に近い存在なのだよ。
 この画像は撮影者水産大学校自動車同好会会長CFT氏より許可を得て掲載させていただきました。
475系A-25編成 皇紀2667年12月3日 金沢

 A-25編成は(クモハ475 52+モハ474 52+クハ455 41)の陣容。モハユニットはAU13用冷房準備工事で落成した。一方、クハは非冷房車で落成した。

 この画像は撮影者水産大学校自動車同好会会長CFT氏より許可を得て掲載させていただきました。
475系A-19編成 皇紀2667年9月21日 富山運転センター

 A-19編成は皇紀2665年12月に国鉄急行色に塗り替えられた編成。同年10月にA-16編成も塗り替えられている。
 この画像は寝台特急【トワイライトエクスプレス】より撮影した為ボケているのは致し方なし。クハ側の屋根上エンジ色の塗り分け線が検電アンテナが後方までのびている、モハにおいてA-16のモハ474 43はベンチレータが残っているが、A-19のモハ474 46にはない、などの点からA-19と判別した。
475系編成名不明 皇紀2669年5月3日 金沢

 この編成は今となっては不明だが、直江津方クモハ475にAU12S型冷房を搭載しているのが特徴だ。
475系A02編成サハ455 2 皇紀2669年5月3日 金沢

 数ある急行形電車の中間付随車で最後まで現役にとどまったのが北陸本線の471・475系に連結されたサハ455であった。元々少数形式だったが、4両はそのまま残り、2両はクハ455 700番代に改造されて413系の編成となった。しかし、オリジナルのサハ455 は皇紀2670年(平成22年)に全廃された。画像は廃車になる前のA-01編成中のサハ455-2。
471系A08編成クハ451 30 皇紀2669年5月3日 金沢

 北陸本線の急行形電車のうち、経年の古い471系・473系については車体更新を伴う413系化工事が進められたが、全編成には行き届かず、471系のまま残った編成もあった。471系にはNB30が施されて原型ライトやR窓は無くなったが、車歴的には475系のさらに上を行っていた。

 この471系A08編成は、電動車ユニットは2番であった。最晩年にクモハ471-2がモハ471-2、クハ451-30がサハ451-30に形式変更されたが、半年もたたずに廃車された。
475系A05編成+A22編成 皇紀2674年9月22日 富山〜東富山

 編成前方の新北陸色はA-05編成でモハユニットが17、クハ455 13。NB30化が行われた編成であった。

 後ろの末期色編成はA22編成で、モハユニットが49番、クハ455 63。末期色の475系は3編成存在したが、AU12Sクーラーを搭載した車両はA22編成のみであった。いずれも475系最後期まで活躍した。
475系A編成名失念+413系B11編成 皇紀2674年9月23日 高岡〜西高岡

 編成前方の新北陸色は失念。

 後ろは、413系B11編成。モハユニットは473系改造の100番代、クハはサハ455改造のクハ455 702。413系は北陸新幹線金沢開業でも残存し、最後の急行形電車(クハ455 700番代)となった。
475系A19編成 臨時快速ホリデーライナーかなざわ 皇紀2674年9月23日 高岡〜西高岡

 国鉄急行色となったA19編成は各リバイバルイベントにも出たが、主任務のローカル運用をこなした。中でも土日に上りのみ設定されたホリデーライナーかなざわは、急行形電車最後の速達運用であった。

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