日豊本線旧線(新田原〜築城)跡

  福岡県築上郡築上町にある航空自衛隊築城基地は大日本海軍航空隊の基地として開設されて以来の歴史を有している。かつて、日豊本線はこの基地のすぐ近くを通っていたが、昭和42年の同区間複線電化に際して、架線柱が航空機に影響を及ぼす事を防ぐ為に、より基地から離れた場所を通る新線が建設され、旧来の単線は遺棄された。廃線跡は国道10号線にほぼ沿っており、現在でもあまり開発が進んでいない為、ほぼ全線にわたってトレースが可能だ。
 皇紀2667年11月24日の築城基地航空祭の帰り道に、扶桑座が単独で調査を行った。

廃線跡を築城側からなぞってみることにした。奥に見えるのが現在線の架線柱で、わしが立っている場所が国道10号である。廃線跡はちょうどこの真ん中の部分を通っていた。
迂回して上の写真の場所に降り立った。廃線跡は未舗装路として往年の雰囲気を程よく残している。画面奥が築城方で、右側からよってくる現在線に対してこちらが直線である。
奥に進むと煉瓦製の小川橋台が出現した。廃線跡の鮮明な証拠である。現在線を415系が走っていく。航空祭輸送でダイヤが乱れているのか遅い。
上記地点から新田原方面を望む。廃線跡然としており、明瞭。現在線はますます西方に分かれていく。
新田原方に進むと廃線跡は切り通しで国道10号線脇を通っている。入口が藪で覆われていて進入が難しい為、国道10号沿いを進んでみる。
切り通し上方にコンクリート基礎が出現した。勝手に信号機基礎と思い込んでいるがどうであろう。
なおも切り通しで進む廃線跡。木は後々植えたのか、いずれにしても廃線から長い月日がたっている事が伺える。
途中、道路が横切っている箇所で柵で分断される廃線跡。
ここから新田原側の廃線跡は意図的に植樹されているようである。
国道10号から廃線跡の暗渠を望む。
再び柵で分断される廃線跡。明らかに人為的な植樹が続いている。
その先には煉瓦製橋台のコンクリート橋がのこっていた。
ここで一旦、現在線との新田原方合流点付近に進んでみる。画面中央付近の木々付近が廃線跡、奥に現在線の踏切が残る。
地面にはコンクリート基礎が再び出現した。踏切の跡だろうか。
新田原方を望む。この奥で現在線と合流している。
築城方には植樹された廃線跡が続いている。少し進んでみる事にする。
程なくして音無川橋梁跡にたどり着いた。橋桁は残ってら図、築城側に進むことは出来ないが、煉瓦積み橋台が残っており、存在感を醸し出している。廃線から40年以上の月日を費やしたその証として、橋台の基から木が育っている。
音無川橋梁跡から現在線を見ると885系ソニックが通過していった。現在線からもこちらを眺めることは可能だが、わずかの区間であるため、事前に知っていないとなかなか難しい。

当日の航空祭の内容についてはいずれ語られる日も来るであろう。

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