日本国有鉄道 渚滑線

 かつて、北海道では開拓に生産物の輸送に幾多の鉄道が敷設された。旧名寄本線渚滑から山間部の北見滝ノ上を結んでいた渚滑線もそのような鉄道路線の一つであった。
 皇紀2583年(大正12年)11月に渚滑〜北見滝ノ上が開業した。北見滝ノ上〜上川や士別への延伸の話もあがったが、結局、廃止時まで同じ区間のままであった。
 沿線の農産物や滝ノ上・濁川で接続していた森林鉄道からの木材輸送、また、沿線の通学輸送等でにぎわったが、皇紀2640年(昭和55年)の国鉄再建法による第一次廃止対象路線に指定され、皇紀2645年(昭和60年)3月末限りで全線廃止された。同日、道内では相生線、万字線が最後の日を迎えた。

 やがて、それ自体が廃止されてしまう名寄本線の支線として先に廃止された渚滑線の四半世紀の現状を調査した。調査日は皇紀2670年10月11日。
 (本ページカットオーバー 皇紀2671年3月6日)

←起点の渚滑駅は、国鉄時代に渚滑線が廃止され、JR化後に残存した名寄本線も皇紀2649年(平成元年)限りで廃止されたため、完全な廃駅となってしまった。広い構内跡はパークゴルフやふれあい施設になっているが、9600形69644が保存されている。また、構内の一角には保線詰所等もそのまま残っている。
渚滑駅から元西仮乗降場の間では渚滑小中学校の校庭を突っ切っていた。踏切、復元駅名板、転轍機、軌道自転車が保存されている。線路は復元されたもの。→
←復元線路の言われが書いてある看板が立てつけられている。
渚滑駅の駅名板(復元)がある。潮見町は名寄本線の駅→
←軌道自転車が据え置かれているが、蔦が絡まっている。
保存線路から渚滑駅方向を望む→
←元西仮乗降場、下渚滑駅、十六号線仮乗降場、中渚滑駅、上東仮乗降場があったが、駅の痕跡はよくわからず、上渚滑駅で再び復元線路が出現する。しかし、本来の線路とは全く別の方向を向いている。
駅名板は復元されたもののようだ→
←復元されたホーロー製駅名標。
ここにも軌道自転車が置かれている→
←上渚滑駅から奥東仮乗降場を過ぎ、滝ノ下駅に到着する。当時の待合室が残っている。
雄鎮内仮乗降場、濁川駅に進み、北見滝ノ上駅に近づくと渚滑川を渡る橋梁を転用した「虹の橋」が出現する。→
←「虹の橋」の土台には鉄道時代の橋脚が一部使われている。
北見滝ノ上駅駅舎は少し離れた場所に移設され、渚滑線関係の資料が展示されている。→
←貨車移動機が保存されている。濁川駅で使用されていたものらしい。
駅舎の裏側。移設されたとはいえ、雰囲気は素晴らしく良い。→
←濁川駅の駅名板が移設されている。これは本物らしい。
改札口は木製ドアは復元されたもののようだが、ラッチは昔のもののようだ。→
←滝ノ下駅の駅名板も移設されている。
腕木式信号機がひとつ保存されている。→
←駅舎内には貴重な資料が色々と置かれている。閲覧は無料。
雄鎮内仮乗降場の駅名板?→
←濁川駅の駅名標と時刻表。四半世紀の時を経て残存する。
指差確認→
←「信号機取扱い時期の適正 踏切てこの扱いはよいか 確認の励行を守る」
当時の時刻表が展示されている→

 足早に跡地を回った為、濁川駅駅舎や橋梁跡等を余り見る余裕がなかったが、廃止から四半世紀、ところどころにその痕跡を残す渚滑線であった。

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