北海道ちほく高原鉄道 ふるさと銀河線お通夜
(PARTT)

 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線は旧国鉄(JR)池北線を引継いだ第三セクター方式の鉄道路線である。元々は網走に一番最初に至った鉄道で網走本線を名乗った時代もあった。やがて、ローカル線へと凋落し、国鉄末期に第二次廃止対象線区に選定されたが、営業キロが140kmと長大であり、名寄本線・標津線・天北線とともにJR化後まで廃止か鉄道としての再スタートかでの結論がもつれ込み、最終的に北海道の旧国鉄赤字ローカル線で唯一第三セクター方式の鉄道としての再スタートを切った。しかし、長大線区でありながら沿線人口の過疎化は著しいために利用客に伸び悩み、営業損失額は嵩んで、多くの営業努力が行われたものの、ついに万策つき皇紀2666年(平成18年)4月20日限りで全線廃止された。
 本鉄道の廃止により、北海道における旧国鉄赤字線は全廃されたことになる。

 扶桑座は、皇紀2666年3月22日〜27日まで、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の最後の瞬間を記録するため、渡道した。途中の記録とあわせ、ふるさと銀河線最後の輝きの瞬間をここに記す。

皇紀2666年3月22日の行程

乗車列車番号 乗車列車名及び使用編成等(赤文字が乗車編成・車両) 乗車駅 降車駅
213B やまびこ213号 E3系R18+E2系J64 宇都宮 1719 仙台 1849
3029B はやて29号 E3系R22+E2系J56 仙台 1938 八戸 2059
29M 特別急行つがる29号 485系Ao1(モハ485 3031) 八戸 2118 青森 2218
201レ 急行はまなす
7号車 スハフ14 501(簡リク自由席)
6号車  オハ14  507 (ドリームカー)
5号車 オハ14  503 (ドリームカー)
4号車 オハ14 512  (ノビノビ座席)
3号車 スハフ14 555 (簡リク自由席)
2号車 オハネ25 11 (B寝台)
1号車 スハネフ14 551(B寝台緩急車)
牽引機関車青函区間 ED79 11
道内区間 DD51×2(車番不明)
青森 2245 札幌 0607

 偉大なる都市宇都宮を出発し北を目指す。まずは東北新幹線で八戸に向かう。この区間に乗車したのは、東北新幹線八戸開業後は初めてであり、『はやて』『つがる』の組み合わせも初めてである。その後は、貴重な客車急行となった『はまなす』(これも初めて乗車)で札幌に向かう。

急行はまなす札幌 スハフ14 501 789系
本州内では乗り換えばかりで対して写真は撮っていない。青森に来てそれなりに写真を。急行はまなすの方向幕。先日の3月18日改正で急行かすが廃止により、JRの急行はもはや6愛称のみ。部長が好きそうなカタカナ特急の増殖はいやだ。 急行はまなすのスハフ14 501側。青森では最後尾だが、函館で先頭側になる。 青森で見たスーパー白鳥用の789系。嫌いじゃないが、ロングラン特急の代名詞だった白鳥がよもやこんなところに転用されるとは。

22日その他.
・夕飯は仙台のクジラ釜飯。
・宇都宮から郡山までR18の車内は貸切(部長、意味を取り違えるなよ!)

皇紀2666年3月23日の行程

乗車列車番号 乗車列車名及び使用編成等(赤文字が乗車編成・車両) 乗車駅 降車駅
129M 普通 711系S111(クハ711-211) 札幌 0658 滝川 0839
2429D 普通 キハ40 742(富良野まで単行)
    キハ40 758(富良野より増結)
富良野までは742に、富良野からは758に乗車
滝川 0938 釧路 1722

 札幌からは青春18切符(宗太郎奇襲時の残り)で釧路に向かう。711系やキハ40 700番代など北海道でしか見られない国鉄形車両を堪能する。滝川まで行き、そこから道内の普通列車では最長距離を走る2429Dに乗車する。帯広では長時間停車を利用し駅外にも出てみる。

711系S-111編成 キサハ144−102 滝川駅
711系S111編成。準ぞろ目である。711系は一度マターリ乗車してみたかった車両だ。 50系51型客車を改造したキハ141系気動車のうち、唯一駆動用のエンジンを搭載していないキサハ144。つまり、客車時代の形態に最も近い車両。樽見鉄道を最後に定期普通客車列車が消滅した我が国の鉄道において、名目上は気動車であるが、本車は貴重な客車と言っても過言ではあるまい。乗車機会には恵まれなかった。 滝川駅電光式ホーム駅名板。
滝川駅に停車するキハ40 742 茂尻駅 芦別駅
キハ40 742。本日、これから8時間近い長旅を開始する。ところで、キハ40の無給油で走行可能距離ってどのくらいだっけ? 茂尻駅。雪に埋まっているわけではないが、やはり雪は多い。運炭鉄道の跡はよく分からんかった。 芦別駅。星の降る里といって町おこしをはかるようである。ここもかつては運炭鉄道が出ていて、構内は広大なヤード跡が広がる。
野花南駅付近に積まれた材木 富良野駅駅名標 DD51-1136
野花南。この辺りでは林業地帯の様相。 富良野。まあ、駅に着いたら駅名標を撮るのは基本だね。 富良野駅構内でアイドリング中のDD51 1136。
富良野駅の観光案内板 北海へそ公園 富良野は北海道中央標点がある
観光案内標。富良野らしいね。 北海へそ公園縁のモニュメントですね。 富良野は北海道経緯度中央標点があるからへそなのだよ。部長よ知りなさい。
都会ではなく 田舎でもなく 観光地でもなく 北海道でさえないような 不思議な時間が 以下略 キハ150 キハ40 セクールす
富良野駅の看板。わしの感想はあえて述べません。 富良野線用のキハ150が昼寝中。 キハ40 742とキハ40 758がセクール…じゃなくて連結。
布部駅 山部駅 下金山駅
布部駅。この辺りには森林鉄道網があったと聞く。 山部駅。長老様曰く魚の名前みたいやねん。 下金山駅。この先からかなやま湖建設のため湖底に沈んだ旧根室本線跡が存在する。
かなやま湖 蝦夷鹿 幾寅駅
雪で埋まったような“かなやま湖”。旧線跡も湖の手前まで見える。 列車内から蝦夷鹿が。この時はカワイイと思ったが、翌日の花咲線では… 幾寅駅。某『ぽっぽや』のロケが行われた駅で、ロケに使われた、キハ40を無理矢理改造したキハ12 23をぶった切ったその一部が駅裏に最近保存された。
落合駅駅名板 落合駅 落合駅駅舎
落合駅。根室本線狩勝峠越えの中継駅としてかつては賑わった。日本三大車窓の一つと言われながら廃止された旧狩勝峠越えはいつか中野総統の手で復活の日がやってくるはず…ここで長時間停車。 テツバでは全くと言っていいほど縁がない雪に埋まった線路と言うものが間近にある。 落合駅舎。下関では滅多に見られない特牛級の古い駅舎がごろごろ転がっているな北海道は。しかし、いずれは消え去る運命か。
キハ40国鉄モケット 釧路行サボ ようやく見えたちほく線の車両
キハ40 758に残る国鉄形の青系モケットシート。JR九州では415系Jo-117編成が415系で最後の国鉄モケットだ(皇紀2666年限りで全滅)、などと騒がれてたが、ここではかなりの車両に青系モケットが残っている。 帯広到着。年季の入ったサボである。帯広では50分近く停車するので駅外に出ることも可能。一旦外に出る。 2429Dが50分近く停車する間に池田行が先発する。最後尾には本渡道最大の目的であるふるさと銀河線の快速銀河北見行も併結される。この日の編成は(←帯広CR75 1+キハ40 1709+キハ40 1759)であった。当然ながらキハ40は池田どまり、CR75 1(画像の車両ね)は快速銀河である。
帯広駅 帯広駅前の復元レール 釧路の問題東横イン
帯広駅。非電化区間であるにも拘らず高架&自動改札。広島何か負けてないか? 地平部分のアスファルト部分にかつての線路の位置に復元されたレールが埋まっている。 いきなりとんで釧路へ。当時問題となっていた東横インが見える。

23日その他.
・わしが入り損ねた某北大か何かの山岳部が滝川から釧路までずっと一緒だった。斜里に行くとか言っていたので知床登るのかな?ゴミはちゃんと持ち帰るんだぞ。
・2429Dは古瀬駅の2番線で客扱いする唯一の列車である。
・途中の御影はかつて佐念頃(サネンゴロ)と言った。なんでもサネ=陰=陰核=クリトリ○に通じるから、御影石が出るのでそう代わったとか。
・帯広では某炭焼き握りを食したが微妙だったな。むしろ、某よつば乳業のカフェオレは美味しかった。
・帯広の元となったアイヌ語の和訳は川が幾重にも分かれている=少女の股=部長やティンマニが大好きなマ○コとなる。これはアイヌ民族と大和民族の性に対する考え方の違いというものが関係するんだな。
・この辺の列車マナーは下関よりも悪い。特に厨房や工房。
・帯広〜釧路は寝ていたわけではないぞ。わしは基本的に寝台列車やあまりにも車窓が単調すぎる列車以外では寝ない。部長やティンマニとはキャリアが違うのだよ。しかし、写真を撮っていないだと?いやいや、後日またここに来るからね、この日は撮らなかっただけ。
・西帯広からは十勝鉄道の専用線の貨物列車(DE10とコキ50000が一両だけ)と併走した!汚い動画に撮ればよかった!
・2429Dは羽帯と稲士別(稲死別だとING先生に失礼か)を通過するが、ちゃんと案内するのね。

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