磐梯町(旧大寺駅)キャッチサイディング専用線跡

 磐越西線の磐梯町駅には、かつて大寺駅と呼ばれていた頃、翁島方面から続く下り勾配により列車が暴走した際を考慮して、キャッチサイディング専用線が存在していた。一度も使用されること無く廃止されている。特殊用途の線路だけにその生い立ちや現役時代の姿等は謎の部分も多い。調査は皇紀2667年4月5日

磐梯町駅構内 雪の降りしきる磐梯町駅。かつて、大寺駅と呼ばれていた頃、ここから駅東方面へ暴走列車を受け止める為の側線が存在していた。
廃線跡転用道より駅構内を見る 駅構内の痕跡は今一不明だが、すぐに道路となった廃線跡が東へカーブしていくのが分かる。
急勾配の廃線跡 上の画像の反対方向を望む。暴走列車を強制停車させる性格上からか、線路跡としてはかなりの急勾配である。道路となった廃線跡はこの先T字路となり住宅や田畑に転用される。
数少ない明確な痕跡の橋台跡 当線で最も明瞭な遺構、小川を渡る橋梁橋台跡である。暴走列車を止めるにしては華奢すぎる石積み橋台は、生まれてから一度もその役目を果たしておらず、これからもそれを成す事はあるまい。磐梯町駅方面のみ残存。
住宅地となった廃線跡 橋台跡の先は完全に宅地化されてしまっている。廃線跡は2km程度あり、住宅の先で田畑の中を突っ切っているようだが、明瞭な遺構は見受けられない。

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